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3つの家庭 『レンガ壁・クラゲ・背骨』

バーバラ コロローソさんは、子育てにおける家庭には3つのタイプがあると言います。

「レンガ壁タイプ」は、変えようのない枠組みが頑として出来上がっていて、しかもそれはすべて親の権限に委ねられています。子どもが自分の自主性を発揮する隙はありません。

「クラゲタイプ」は、その名前のように背骨になるはっきりした基準がありません。
レンガ壁タイプとは対照的に、すべて行き当たりばったりで、一貫性のないしつけになってしまいます。

「背骨タイプ」は、上記の2つのタイプに欠けている「背骨」がしっかりしています。
「背骨」とは、子どもが自分のことを大事な存在であると確信できる拠り所を持たせてくれるものです。
「背骨」が育っていれば、自分も他人もそれぞれが大事な存在であることを認識しますから、どちらに対しても傷つける様な行動を取らずに、それぞれがかけがえのない存在であることを見いだします。

3つの家庭


「レンガ壁タイプ」の問題は、親子の間で上下関係が一方的に存在するため、命令は有無を言わせないものとなり、そのような親に育てられた子どもは、自分自身で判断するという能力を育てられないままになってしまうことです。
単に命令する態度だけを受け継ぐのなら、まだ救いはありますが、自分で考える能力を奪われ、自分の要求を持つことは出来ないこと(やってはいけないこと)だと信じ込まされますから、大人になってからも自分の判断や感情を表現することが出来なくなります。
その時、その場面で自分の判断する力を押さえつけていますから、やれることは親が見せてきた、一方的な押しつけや、反抗に対して力で押さえつけようとするやりかたばかりになってしまいます。

このようなやり方でそだてられると、「考えるな」とか「感じるな」という禁止令を背負い込んでいくことになります。

この結果大人になっても、自分の考えや感じ方を人前で表現することを、無意識にさけるようになります。
たとえば、自分が意見を言えないのは、充分な知識がないからだと言い聞かせているかもしれません。
しかし、自分の禁止令に気がつかないと、いくら知識や情報を与えられても、なぜか自分の意見が思い浮かばないという状態になるかも知れません。

あるいは、自分は感情を表現しないタイプだとか、感受性が乏しいと思い込んでいるかもしれませんが、何かのきっかけで火が付いたような感情の表出が起こって、自分でも戸惑うかもしれません。

また、「レンガ壁タイプ」に育った子どもは、親のような一方的な力で押さえつけるやり方を嫌い、自分が親になったらそのようなやり方を子どもにはしないようにしようと思う場合もあります。
しかし、そこで親とは違った、自分のやり方、考えを持とうとしたときに、自分の中でそのモデルになるものが育っていなかったことに直面することになります。

父親と娘


そのような経緯から出来上がった家庭は、「クラゲタイプ」になる可能性が在ります。
親は子どもに自分が受けたような、強制的な力関係を持たないようにしようと思いますが、その一方で子どもにどのように見本を示して良いのかわからないことが多いからです。
その結果、子どもに対しては自由にやらせてあげようとする一方で、急に親に教えられたような高圧的な禁止命令を与えたりすることになります。
子どもの自主性をはぐくむ場面と、圧力を掛けても矯正すべき場面を見分けて、やり方を変えるというモデルになる親像が、自分の中にないからです。
あるいは、自分自身もどう動いて良いかがわからないのかもしれません。

また、上記のタイプと重なる部分もあるかもしれませんが、「クラゲタイプ」には、自分の面倒を見たり、困難を処理するのに精一杯であるために、子どもへの対応が「クラゲ」のように背骨なしになってしまう場合もあります。
たとえば、自分の自尊心をうまく育てられなくて、子どものことを考えるだけの余裕が無かったり、アルコール依存や仕事依存のために家庭を顧みる余裕がもてないといった理由で、子どもを相手にしている時間を持つことが出来ません。
子どもにしてみれば、拠り所にするものを親から期待できないので、何でも自分で処理しなければならないと思うしかありません。
しかし、子どもには充分な判断力は期待できませんから、でたらめをやることになったり、また人を信用するという心を育てられません。
そんななかで、どうにか生きていくためには、表面上は大丈夫を装ったりしますが、いつも不安でたまらないでしょう。
嘘をついたりして、何とか人を利用する方法を編み出そうとするかもしれません。

当然「クラゲタイプ」の場合も、「レンガ壁タイプ」に育てられた子どもと同様に、自分や他人の面倒を見るというモデルが育ちませんし、自分を大切にすることや、自分に価値があると信じることが難しくなってしまいます。

「レンガ壁タイプ」や「クラゲタイプ」というのは、別にすべての面でそうなるというわけではないわけで、だれしも部分的には、自分にもそういう所があると思うことでしょう。
どれだけ、親から影響を受けたかは人それぞれ違いますが、親自身もやりたくてそうしたわけではないという点をわすれてはならないでしょう。

自分の側も、充分に育たなかった部分は、そのような事情もあって仕方がなかったんだと認識すれば、今度は自分で自分の中に、新しい親のモデルを作り上げていくという選択も出来るわけです。

「背骨タイプ」の特徴として、バーバラさんが上げていることを引用してみます。

●子どもを無条件に愛し、受け入れ、はげますことによって、子どもを尊重する。人生において大切な意味をもつ次のようなメッセージを日々与える。
「わたしはあなたを信頼している」
「あなたはちゃんと取り組めると思う」
「わたしはあなたの言葉を聞いている」
「あなたは大事にされている」
「あなたはわたしにとって大切な存在だ」
●子どものあるがままの姿を受け入れ、やる気をうながす。
●失敗しても、きちんと「次のチャンス」が与えられる。
●自分の感情を受け入れ、責任を持ってその感情を表現する方法を学ぶ。
●しっかりした自尊心を育み、トラブルや危険から身を守れるようになる。
●経験によって、他人の意見を尊重することを覚える。
●ルールは、はっきりとわかりやすく言葉にされる。
●子どもの尊厳を保ちながら、問題解決の方法を考えさせる。


「自分ならもっと他のやり方を知っているのに」と親が思っても、成功にしろ失敗にしろ自分自身で経験させなければ自分のものになりませんから、時には言葉を呑み込む必要も有るでしょう。

経験のある大人と違って、子どもははっきりしたルールを示されないと、自分で判断する力がないかもしれません。
「自分の役割を果たさなかったら、あした学校に行かせません」と言えば、子どもは朝になってもベッドから出ようとしないかも知れません。「出来なかった分は、学校から帰ったら遊びに行くまでに済ませること」というようにはっきり示さないとなりません。

児童と親1  児童と親2


子どもの問題行動を叱るには、まず、何がいけない事だったのかをはっきりさせておくことが必要です。
親がただ、「なんてことをしてくれたんだ」と怖い顔をしていただけでは、子どもは何を問題にしているのかわかっていないかもしれません。

また、問題が明らかになった所で、子どもがどのようにそれに関わっていて、どの部分に自分が責任を負わなくてはいけなかったのかをはっきりさせる必要があります。
そうしないと、同じ事態が起きるたびに、自分が係わっていなくても、また叱られるのではないかと脅えるようになってしまうでしょう。

それと、子どもに解決能力があるようになったら、できるだけ解決する方法を考える事に参加させて上げるのが良いでしょう。
自分も後始末に参加出来ることで、子どもは自信を持つことができますし、失敗の記憶よりも自分の解決能力を発揮出来たことに夢中になるかもしれません。

逃げようのない無条件の非難で子どもの自尊心を傷つけることを避け、また、安易な賞罰で問題ある行動をやめさせるのは必要最低限に留めた方が良いでしょう。
アメで言うことを聞かせれば、次もアメがないと動かなくなるし、ムチで力任せに従わせていると、そのうち子どもが力を持ったら仕返しやるぞと思うかも知れません。

そして、では自分も「背骨タイプ」になろうと決心しても、自分の持っていないことまで急に出来る様になるわけではありません。
親だからというだけで、失敗や欠点を免れるわけではありませんから、まずは親自身が自分自身と折り合いをつけられるようになる必要があることは言うまでもないでしょう。


【参考文献】
子どもに変化を起こす簡単な習慣―豊かで楽しいシンプル子育てのすすめ (PHP文庫)
著者: バーバラ コロローソ / PHP研究所 / 文庫 / 2003-11 /


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最近はカテゴリ分けをやめてエッセイの分類で書いてきましたが、久しぶりに新しいカテゴリとして、「子育て・教育」を追加し、過去の記事を分類し直してみました。

「子育て・教育」とはいっても、このブログの性質上、純粋に子育てだけを扱っている訳ではありませんが、子ども時代に関係の深いテーマも含めて、分類に入れて見ました。

過去の記事を振り返る中、テーマが絞り切れていないために難解な内容になっていると感じられるものがあるように思いました。
もう少しテーマを絞ってみることを考えて見たいと思います。

カテゴリー「子育て・教育」


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何事も心のひとすぢにとどまりたるを病とするなり

何事も心のひとすぢにとどまりたるを病とするなり。
このさまざまの病、皆心にあるなれば、これらの病を去って心をととのうることなり。
柳生新陰流「兵法家伝書」


一つの目標に向かってエネルギーを集中させることが素晴らしいことだという考えは、広く受け入れられているように思います。

スポ根のアニメのように、一直線にひたむきに努力して、他の事を切り捨てて打ち込む姿は貴いとされます。

しかし、それと同じ原理で、上記の言葉のように「さまざまの病」を生じさせるという面があることも、忘れてはならないのです。

ビジネスマン


昔から目標を紙に書き出して、それを毎日眺めていれば、最短距離で目標を達成できるという考え方があります。

しかし、これはどれほど根拠があることなのでしょうか。

1.目標をはっきりさせることで、目標を達成できる。
2.目標をはっきりさせることで、目標に近づくことができる。

このように効果を2つにわけて考えて見ます。

2の方は、それほど抵抗なく受け入れられそうな考え方です。
なにしろ、自分の行き先をはっきりさせて、そちらに向かって歩こうというのですから、行き当たりばったりに進むよりも、より速く目的地に近づくことが出来るでしょう。

しかし、1の方はとなると、事情が違ってきます。
目標に近づくことは出来ても、それに到達するかどうかまで断言することは難しいのです。
その目標が、その人にとって可能なことかどうかは、なかなか簡単には見極めることは出来ません。
ましてや、自分だけですべての状況をコントロール出来ることばかりではないのです。
自分では最善を尽くしても、どうしても行き着けない抵抗が存在する可能性があるわけです。

考えるビジネスマン


達成できるかどうかまで予言することは、「願えば叶う」と言う言葉以上の保証をもたらすものではないでしょう。

また、その目標がはたして自分が本当に望むものであったかどうか、を抜きにして語ることも問題です。
目標を立てるだけなら、その目標についてすべてを知らなくても出来ることです。
そして自分が本当にそれを望んでいるかどうかも、同様です。

なにかをやろうとするとき、100%の自分がそれに賛成するなどということは、まずないでしょう。
多いか少ないかは別として、自分の中でそれに抵抗する自分も存在するものです。

そして、目標の華やかさにとらわれて、抵抗勢力を見くびっていると、思わぬしっぺ返しに合う可能性があるのです。
「何事も心のひとすぢにとどまりたるを病とするなり」というように、元気よく目標に向かって頑張っている自分だけが自分だと思っていると、それが心の病を引き起こす原因になることもあるのです。

「優柔不断」ということばがあります。
概して悪い意味に捉えられることばですが、時にはこの決められないという抵抗が重要な意味や働きを持っているかもしれないと考えると、簡単に片づけられない問題ではないかと思うのです。

たとえば、一部の人たちが、「こんなに効果的なやり方があるのに、なぜみんなやらないのだろう?」と思っても、大多数の人たちは優柔不断で、動こうとしないという場合があります。

その考えを進めようという人たちにとっては、「大衆はなんてバカなんだ!」ということになるかもしれません。
それが、本当に馬鹿なことであることもあるでしょうが、白黒はっきりしないまま流れていく中には、実は重要な意味が隠れているのかもしれません。

一部の急先鋒な意見に、みんなが賛同して同じ方向を向いてしまうことは、危険な事態に発展するかもしれないことは、歴史が証明する所でしょう。

なぜかはわからないけれど、急激な変化に執拗に抵抗する働きは、人間が生き延びていく上で重要な意味を果たしてきたのかもしれません。

目標に向けて、一直線に、最短距離で物事を遂行させるのなら、人間などよりもコンピュータの方がずっと優秀であるはずです。
なぜなら、コンピュータが従うプログラミングコードは、そのように書かれているからです。
そして、コンピュータは、人間のようにファジーな回路を経由することなく、一切の無駄を省いてアウトプットを導き出します。

しかし、それが出来ない人間の抵抗している部分、ファジーに働く回路には、その時点ではわかっていない重要な意味が隠されているかもしれないのです。

あまり、決められた回路を一直線に進むことは、思わぬ弊害をもたらすものであることも、もう一度考えて見たいと思います。


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ホロウィッチ博士の見解 荘子斉物論

peanuts_classic1.gif
※DailyStripよりのshare

(1)
チャーリー:「これは、興味深い!」
ライナス:「なにがそんなに興味深いんだい?」
(2)
チャーリー:「よく聞けよ、ここに両親たちに向けたホロウィッチ博士の見解が書いてある。」
(3)
チャーリー:「宿題が子どもたちにとって役に立つものであるためには、それらは子どもたちが宿題をきちんとやらないことへの罰則を前提にしたものであってはならない。」
(4)
ライナス:「そいつは良い考え方だ。ホロウィッチ博士、あなたは素晴らしい人だ!」
(5)
チャーリー:「子どもが学校に遅刻したからといって、20頁も余分にリーディングの宿題を課すような罰則を与えてはならない」
ライナス:「それは、僕がいつも言っていることだ」
(6)
チャーリー:「小学生には、全部で1時間以上もかかるような課題を与えてはいけない」
ライナス:「そうだよく聞いとけよ!」
(7)
チャーリー:「子どもは夕食から寝るまでの間の時間に、宿題をやれと命じられるべきではない」
ライナス:「大人たち、何の権利があってそんなことをするんだ!」
(8)
チャーリー:「宿題があるときには、必ず3人のメンバーでチームを組むべきだ、先生と子どもとそれに親とだ」
ライナス:「全くその通りだ!」
(9)
ライナス「校長にそれを守らせるべきだ!」
(10)
チャーリー:「読み聞かせるだけで、誰かをこんなに熱狂させられるなんて、めったにないことだと思うよ」


さて、チャーリーブラウンという人物は、じつは謎が多いのです。
バカみたいに熱狂してみたり、あるいはヘマをやって非難されたことでいじけてみたり、しかしかと思うと次の登場では、大人顔負けの冷静さを見せたりします。
マンガの登場人物だから、作者次第でどうにでもなると言ってしまえばそれまでですが、今回のライナスとのやりとりはどのようなものだったのでしょうか。

ライナスをからかってやろうとして、計画的に、効果を狙ってライナスを陥れたというのは、あまりチャーリーらしくない振る舞いですが、仮にそうだという前提で考えて見ましょう。

チャーリーは、ライナスが記事をのぞきには来ないだろうと考えて、架空のホロウィッチ博士を作り上げ、普段悩まされている宿題を巡る教師や親の仕打ちを非難するような見解を作り上げます。

「これは、興味深い!」と感心してみせると、まんまとライナスが食いついてきました。
宿題への見解を披露すると、ライナスは「やっと救世主が現れたか」と浮き足立ちます。
あとは、言うがままにライナスを信じ込ませてしまったわけです。

さてここで、今回のテーマである荘子の斉物論にでてくる内容を紹介します。

タオの英知を得た者は,すべてのものは一つの真理にしたがって起こっていくという原理を理解します。
彼らは個々の物事に差異が存在するとは見ないで,平凡な事物の中に自分も溶け込んでそのままであることに安住するのです。
ものごとは、そのままでその機能を果たしているのであって、自然をそのままの状態で受け入れ保持するのがタオのあり方であると思うわけです。
つまり、自然の起こり方に人為的な意見をさしはさまず、こうあるべきだという、人から見たやり方でそれを変えようとは思いません。
そうやって、自然の起こり方を保全することで、その世界を理解し充実したものを感じ取り、その理解こそがタオへの理解に通じるのだと知っているのです。

「タオに至ればすなわち止む。如何にして止んだかを知ることなく止む。」
これがタオの境地であるということなのです。
自然にやまないのは、すなわち人為的な操作が入り込むからなのです。

また、個々のものの見かけの違いにとらわれて、執拗にそれに固執することが、タオから離れていく原因であり、このような浅薄な見方を「朝三暮四」というのだと荘子は言います。

「朝三暮四」については、以前も取り上げましたが、こういう話です。
猿たちにトチの実を与えるのに、最初朝3個、夜4個与えていたのだが、猿たちが不満を言い出して言うことを聞かなくなったので、「しかたがない、それでは朝4個、夜には3個やることにしよう」というと猿たちは大喜びしたという話です。
実際には合計7個であることにかわりはないのですが、目先にとらわれていると、自分たちの要求を通した気になって満足してしまったわけです。

自分のこだわったとおりに物事が運ぶと満足するのに、同じ結果であってもたまたま手に入ったのでは満足出来ないというのも、「朝三暮四」ということになりますね。
そこでおきていることは、「タオに至ればすなわち止む」ことを自分のはからいが終わらなくしてしまっていると言うことです。

このような考えから言えば、さきほどのチャーリー・ブラウンの策略とは、はからいが先に立ってしまった行為と言えるでしょう。
ライナスの反応で、調子に乗ってもっとうまく騙してやろうと、よけいな計算を始めると、次からはもっとうまくできないと満足出来なくなります。
あるいは、自分のやったことによって、今度は自分が騙されているのではないかという疑う心も作り出すことになります。

また、教師や親は、子どもがきちんと宿題をやっていることで、自分の子育てが順調にいっていると思い込んではしまうと、見かけにとらわれて子どもたちの心が見えなくなってしまいます。
子どもが宿題をきちんとやることは、ただ押しつけられたことを見かけ上守っていることに過ぎないわけです。
現に、ライナスが積もり積もった反発を爆発させたように、やりたくてやっているわけではないことを忘れてはならないのです。

チャーリーが「ホロウィッチ博士の見解」を持ち出したのは、チャーリー自身が不自然さを感じていたことから来ているのかもしれません。
そして、それにライナスが反応しました。予想以上にライナスは舞い上がってしまいました。
そこまでは、自然に起きてきたことです。
それは起きたこと、そのまま起こらせればいいのです。
しかし、それもそこで終わりになる。
それを今度もう一度起こらせてみようと考え出すとき、「タオに至ればすなわち止む」と言うことを忘れてしまいます。
それは、すべての条件が揃った結果起きた、一度きりのできごと。
それを切り取って、保存しておこうと思ってはいけない。

「如何にして止んだかを知ることなく止む。」ことを、人為的に変えようとしてはならないと言うことです。
いまの教育システムが有効であるのは、たまたま自然な流れを乱す所まで破壊していないからに過ぎません。
宿題は、何もないよりはあった方が効果を上げたかもしれませんが、それはいくらでも増やせばいいということを保証するものでは全然ないわけです。

便宜的に、右とか左という言葉を使っても、そのバランスを忘れて使ったのでは害悪をもたらします。
また、右も左も両方並び立つことを認めながら、どちらにもこだわらないのがタオのあり方だと言えるでしょう。

もしかすると、チャーリー・ブラウンは、タオに従っていたのかもしれません。
ライナスが反応したのをそのまま起きたこととして受け入れ、自らも何かに操られれるかのように、「ホロウィッチ博士の見解」を発展させていった。
ライナスが、ここまで熱狂的になってしまうとは思っていなかったが、その結果に驚いた彼は、これは滅多にできない経験だと、それを味わいきったのです。
そして、そこでタオに至ってすなわち止んだのです。


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常に新しく生まれ変わっていく自分

常に新しく生まれ変わっていく自分を思い浮かべていれば、いろんな心理的な問題を引き起こしているのが、過去に作り上げた自分を自分自身と同一視していることによるものだとわかってきます。

たとえば、さっきやり損ねた失敗を思い出しては、いつまでも自分を責めているのは誰でしょう。
そんなヘマをやる人間は、はずかしいといつまでも責め立てる、完璧な自分こそが自分のあるべき姿だと言い張るあなたが存在します。

そのような自分が支配的であるとき、あなたは目の前の出来事など、うわの空になってしまいますが、いま目の前のことに係わっていく自分こそが、本来の自分であることを思い出すべきなのです。

お父さんと子ども


◆「いまの自分を信じられない」と思っているとき、あなたは何を基準においているのでしょうか?

あなたは、自分自身の価値を決めるのは、まわりにいる他人だと思い込んでいます。
かつては、何が正しいかを教えてくれる人がいたかも知れませんが、いまやあなたは自分でその価値を決められるのです。
自分の判断を軽く見るのはやめましょう。
そうしないと、いつまでも他者に依存して生きるようになるだけだからです。

実は、あなたがあてにしている誰かさんも、自分自身を信じることに成功しているわけではないのです。
他者に依存しないで、自分が判断を下すと決めてしまえば、「自分を信じられない」などというのは、言い訳でしかないことがわかってきて、自分の判断に自信が持てるようになってきます。

それと、疑っているのもあなた自身であり、他の人がそのように見ているという感じているのは、自分が作りだした錯覚でしかないのです。

◆「自分の考えは正しい]
一見なにも間違っていないように思えますが、本当に正しいのであればそのままでいいわけで、何も自分の正しさを主張する必要は無いわけです。
それをしたくなるのは、自分のやっていることに自信を持てないからだし、あなたが間違っていると指摘してくる他人を勝手に作りだしているわけです。

正しいと感じる必要はありません。本当に自分の状態が正当であれば、なにも証明しようなどと思わず、ただそのままの状態で安心していられるのです。

ためいき1


◆「自己憐憫(自分をあわれむ)」
ほんとうは、もっと違う結果が得られたはずなのに、いまはそうなっていない。
これは、本当の自分ではないんだと言い聞かせて、いまの状態を自分のせいではないと思いたがる。
しかし、いまの結果を招いたのも、自分がやった結果であることを認めなければ、いつまでも来ることのない逆転を待ち続けることになります。
あなたの中の何かが、いまのやり方を望んだのであり、それを認められたとき、その自分をもはや必要がないものとして手放す選択もできるようになるでしょう。
手放さない限り、いつまでも過去の生き方に自分を縛りつけ続けることになるのです。

◆「怒りの感情」
怒りを引き起こすのは、自分が思ったとおりに状況が起こってくれないかもしれないと恐れているからです。
それらのおそれの多くは、実際に気に入らないことが起きる前から存在します。
やっぱり、あのひとは期待通りに動かなかったと言って怒りを感じるとき、それはすでに用意されていた構えなのです。
思い通りにならなかったことで、自分がいつまでも不愉快になる必要などないことを思い出しましょう。
もともと、あなたの期待通りになるかどうかは五分五分であり、あなたが引きずらないかぎりそれは消えていく出来事です。
それを諦めずにいつまでもこだわるとき、怒りの反作用は、膨大な不利益をあなたにもたらすことを忘れないようにしましょう。

叫ぶ主婦


◆「まだまだ自分はなっていないと責め立てる」
「理想」、どこかで自分が決めてしまった未来像に到達しないのは、自分の努力が足りないからと信じているのです。
もっと頑張れば、頑張っただけの結果が出るのであり、自分はもっと優れた人間に変わっていくはずだと思い続けているわけです。
しかし、そのゴールはどこから来たものなのでしょうか。
あなたは、一定の基準を満たさなければ満足してはいけないと言い聞かせていますが、それではいつ満足感を味わうのでしょうか。
一つの「ゴール」に到達すれば、すぐにもっと上の次の目標が現れるのが、私たちの思考システムのあり方です。そこには、これで充分という許可を与えてくれる仕組みが備わっていないのです。

あなたが、たったいま許可すれば、それはすぐにかなうというのが、本来の姿です。
いまのままでOKだと認めるだけです。
それは、いつもいままでの自分の集大成がそこにあるからです。

誰かになれないことを思い悩んで、それが実現した人などかつて誰もいませんでした。
自分になり損ねて、不満を持ち続けている人がいるだけなのです。

「満足してしまえば、それ以上進歩しなくなる」というのろいは、強力です。
いまの状態を受け入れるという無防備さは、このような訴えに動かされそうになるかもしれませんが、いままでそれが何をもたらしたかを正当に評価してみることです。




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チャーリー・ブラウンののバレンタイン

今回の内容に入る前に、ピーナッツをご存じない方のために少し背景を紹介しておきます。
主人公のチャーリー・ブラウン(Charlie Brown)には長年思い続けている赤毛の女の子(The Little Red Haired Girl)がいますが、彼女はチャーリー・ブラウンの想いに気付いてもいません。

また、チャーリー・ブラウンの行動から見るかぎり、彼は赤毛の女の子を思い焦がれる空想の世界で満足しているようで、本人は夢見ることを諦めない振りをしていますが、本心では実際には行動を起こすことも、さらにはそれが叶うこともないだろうと無意識に思っているのではないかと思われます。

夢を見て将来を空想する時間を過ごすことは、魅力的ではありますが、夢を追いかけていると自分を欺いて、実際には何も行動していないというパターンは、わりと現実の世界でもありそうな話です。


さて、そんなチャーリー・ブラウンに、バレンタインの日が近づいてきました。

peanuts_valent1.gif
※ピーナッツの画像はDailyStripアプリからシェアしました。

C.B「赤毛の女の子が、明日僕にバレンタインの贈り物をくれるとしたらすごいぜ!」

C.B「彼女が僕の所に来て、レースの縁取りの着いた大きなバレンタインプレゼントを手渡すなんてどうだ?」

C.B「彼女は僕に言うんだ。いとしいチャーリー・ブラウン、わたしの恋人になってくれる?おねがい!おねがい!おねがい!」

C.B「もう帰った方がいいな、僕はどうかしちゃったみたいだ...」



チャーリー・ブラウンはひとしきり夢を見終わると、現実を思い出したのでしょうか、赤毛の女の子が自分のことに関心がない事実を、リアルな世界で受け入れるのが難しくなって、空想の中で終わらせてしまおうとします。

peanuts_valent2.gif

C.B「赤毛の女の子がいます。彼女はバレンタインの贈り物を手渡ししています。」

C.B「彼女は、自分の友だちみんなにプレゼントを渡しています。ひとりずつ、ひとりずつに渡して行きます。
彼女は渡している...まだプレゼントを渡し続ける。」

C.B「さあ、友だちみんなに渡し終わった。これが最後のプレゼント...  そして、彼女は去っていく。」

C.B「バレンタイン、おめでとう!(僕以外のみんな)」



さて、チャーリー・ブラウンが次に取った行動は、「僕はプレゼントなんてちっとも欲しいと思っていない」と言い聞かせることでした。

一個も貰えなくたって、誰ひとりくれなくても、そんなの平気なんだよ、僕という人間は!
よし、それを証明してやろう、だれかいないかな。

peanuts_valent3.gif

いつもの喧嘩相手のルーシー(Lucy)に向かってチャーリー・ブラウンが叫んでいます。

C.B「もし僕にバレンタインのプレゼントをもらったか聞きたいのなら、答えはノーだ!」

C.B「聞いたのなら、答えはノーだ!! 何ひとつもらっていないという意味だよ。全くなし、1個もなしだ!」

C.B「答えは断じてノーだ。ただの1個もなしだ。なし、ゼロ、まったくなし!」

ルーシー「べつに、わたし聞こうなんて思ってなかったわよ。」



私たちは自分がどうすれば満足した生き方を出来るのか絶えず探していることでしょう。

満足するためには、大きくいえば二通りあります。

外の世界にある、自分が手に入れたいものをひたすら追い求めるのが一つ。

もう一つは、今持っているものや、いまの自分自身を振り返って、そこに宝物を見つけるというもの。


前者は、多くの人に知られている道です。

このやり方では、自分を満足させてくれるものは外側にあり、それを手に入れれば自分が今とは違った状態になれると、未来に向けて夢見るのです。

当然ゴールは、未来にあります。
今の自分は、まだその資格のない人間だと言うことになります。

目標を手に入れたとき、初めて自分の考えを自由に使える、それまでは目標まで一直線。

夢見る女性


チャーリー・ブラウンのような愛すべき人間になっている暇はない。
彼はすぐ諦める。諦めてはいけない、勝つまでは。
弱音を吐くのは、未熟な人間だ。

いまは、楽しむときではない。その先に見えるゴール、輝く頂上をいつも思い浮かべるんだ!
それまでは、一人前ではない。




もう一つの道は、自分の内側に向かう道。

老子や仏陀が求めた道。

外側をいくら探しても、求めているものは見つからない。
そこじゃない、内側を探そう。

内側に向かって、突き詰めていくと、そこには「無」が見つかった。

何もないけれど、しかもそれがすべてである世界。

仏陀は外側にある者は、見える物はすべて「空」であると悟った。

もはや、探す場所などない。
もはや、探しだす必要のあるものなどない。

今の存在そのものがゴール。

いま持っていないものは、未来にも存在しない。

夢見る象


前者は、未来を目指して生きるやり方です。
いつかきっと来るゴールを目指して生きるから、それまでの過程は煮え切らない。

今の満足は、今日までの成果で決まってしまう。

比べてみなさい、何もしなかったらどうなっていたか、動き続けたからどれだけ成果が上がったかを。

成果こそが、今の自分への慰みになるのです。


成果という意味では、後者の生き方は、何を生み出すかはわからない。

なにも検証されるような成果は生まれないかもしれない。
それは、どちらでもいいこと。

今日何かをして、何かを言って、あるいは何もしなくて、1日を生きたこと、それが目的でありゴールでもあるからです。

残念に思うことがあるとすれば、存分に生きなかったこと。
チャーリー・ブラウンは、その意味で残念だった。

自分を騙してはいけない。

赤毛の女の子と知り合いたいのかどうかを、はっきりさせないといけない。
彼女がどう思うかは、彼の仕事ではない。
あるいは、自分かってに彼女の行動を想像して決めてしまってはいけない。

もしかすると、本当の赤毛の女の子と話したら、自分には会わないと思うかも知れない。

謎は人を惹きつけるけれど、謎のままにして自分がコミットできない状態を維持しているのでは、
現実の回避でしかないでしょう。

それは、いまを存分に生きることを回避している。

自分以外は、みんなプレゼントをもらうと想像しているのは、想像と現実をごっちゃにしているのです。

彼は想像の中でプレゼントをもらえる資格のある人間を作り出します。

いつか必要な条件を満たしたら自分もそうなれるのだと言い聞かせています。

しかし、そこで実際にやっていることは、その条件を曖昧にして解読不能にしています。

条件を明らかにしたら、自分はそれに向けて行動しなければならないからです。

その結果「いつか」を「永遠の未来」に変えてしまうことになるのです。

必要なのは、「条件」ではなく「許可」です。

彼がそれを許すと言っただけで、無条件に世界は変わるのです。

自分にその権利を認めることを許せないチャーリー・ブラウンは、仮想の敵を想定して、ルーシーに挑みかかります。

もはや、赤毛の女の子はどこかに行って、1人でもくれる人がいるかどうかという問題にすり替わっています。

「答えは断じてノーだ。ただの1個もなしだ。なし、ゼロ、まったくなし!」

僕がもらえると思っているのかね、ルーシー。

それをわざと聞いて、傷つけようと思ってもお見通しだ。

僕はそんなことには平気な人間なんだぞ!



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ゆきちゃんとひとちゃんの雪遊び(2)

前回は、ひとちゃんとゆきちゃんの雪遊びを巡る攻防をお伝えしましたが、真弓お母さんからこんなお話を伝えてもらいました。

ああ、そうそう、すっきりすると、ひとちゃんは甘えてくるんです。
「だめなときは怒ってーーーー怒ってくれないのはこまるーーーー」というひとちゃんです。
ちゃんとしなくちゃいけなくてもついついだらーってしてしまうことも自分でわかっているみたいで、そういうときにほうって置かれるのはこまるって内心では思っているみたいです。

もちろん、そういうときにちゃんとするように言うと、その場では言うことを聞かなかったりするんですよ。

でも、そのあとで、「あーもーわかった。お母さんもう、怒らないことにしよー。だって、怒るとお母さんの気分が悪いんだもーん」とかいうと、「えーやだやだやだー怒ってーーーー」っていうのです。面白いですよね^^
一方でゆきちゃんは私が怒ると、怒られたその内容よりも、「大好きなお母さんに怒られてしまった」ということにショックをうけて悲しくなっちゃう子です。

だからできるだけ、なにがいけなかったのかが上手に伝わるように気をつけています。
子供もみんなひとりひとり違いますね。


ひとちゃんの「怒ってくれないのはこまる」という言葉で、私が思ったのは、ひとちゃんの中で作られてきた「ちゃんとしなくちゃいけない」と言ったり、思ったりする自分です。

交流分析※という心理療法では、このような自我状態を親の自我状態という呼び方をします。
私たちの自我全体を分けてみると、「親 P(Parent)」「おとな A(Adult)」「子ども C(Child):」の3つの自我状態があると考えます。

次の図をご覧下さい。

PAC_ひとちゃん


ひとちゃんは、「ちゃんとしなきゃ」という親の自我状態からの自分へのメッセージを受けて、適応した子どもの自我状態から「だめなときは怒って」とお母さんに訴えます。
また、このとき、お母さんに甘えたい自然な子どもの自我状態からは、「こんなに頑張ってるよ!見てる?ほめてね。認めてね。」という言葉には出さない裏面交流と呼ばれるメッセージを送ります。

おねえちゃんだからということも有るでしょうが、妹のゆきちゃんの方ではまだ曖昧な親の自我状態からのメッセージにも対応した反応が出てきたわけです。

雪遊びのときも、ゆきちゃんに比べて思いは複雑でした。
「わたしはゆきちゃんが坂を上れなくてもへたくそなんて言わなかったよ。なのにゆきちゃんは転んだことを笑った。でもお姉ちゃんだから我慢したんだよ。...」

PAC_ゆきちゃん

ゆきちゃんの方は、お母さんに怒られると何が問題なのかわからなくても、悲しくなります。
お母さんが好きだから、怖い顔しないでね。

※交流分析(Transactional Analysis,TA)とは、1960,70年代にアメリカ西海岸でさまざまな心理療法が生まれてきた中の一つで、精神科医エリック・バーン(Eric Berne)が提唱した精神分析の流れを汲む心理療法。日本でも紹介され、エゴグラムという人格診断テストなどで、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。


さて、このように幼い子どもの心理状態は、親が注意深く観察すれば見えて来るようなシンプルさを持っていますが、思いが遂げられずにぐずぐずと心に残った感情のセットは、後々の対人関係にさまざまな影響をもたらします。

対人関係への構えが作られると、前回書いたように、相手が過去の似たパターンを思い起こさせると、とっさに構えてしまい、自動的な反応がそれに続いてしまうでしょう。

あとから、どうしてこんなことをしてしまうのだろう、と思うこともあるでしょう。

あまりにも信念を強化して構えを崩れないものにしてしまうと、一見信念の人にみえて強い人にも見えますが、パターンを外れたときの自然な反応がその分犠牲になってしまいます。

自分がどうすれば満足出来るのかが、自分でわからなくなってしまうので、常にゴール設定をしてがむしゃらに先を目指していないと、どうしていいのかわからないのです。

ライバル・ビジネスマン

子どもの頃の純真さに戻って、自分の意地を張っている姿を素直に見てみれば、どれほどばかばかしいことをやっているかが見えて来るかもしれません。

自分の利益を目指しているつもりでいるのに、自分を痛めつけることをしてしまうのは、それが見えなくなっているからでしょう。


もしあなたがあるところのものを受け入れたなら
あなたが不幸である可能性など何もない
私は何千という人々を観察してきた
探求者たち、探求者でない人たち
この世的な人、あの世的な人---
そして、毎日のように私は、
人々は本当のところ幸福でいることなどに興味がないということを
目のあたりにさせられる現象にゆきあたる
誰ひとりとして
幸福でいることに興味などないかに見える
というのも
彼らはどんなナンセンスにでも幸福を犠牲にする用意があるからだ
嫉妬のために、所有性のために
怒りのために、憎しみのために
どんなナンセンスのためにでも彼らは幸福を犠牲にする用意がある
ところが、彼らは、
怒りや所有性や嫉妬を幸福のために犠牲にする用意はない
だとしたら
どうして人々が幸福でいることに興味があるなどと言えよう?
彼らは不幸であることの方に興味があるのだ
彼らが何と言おうとそれは問題じゃない
私が見る限り彼らは絶えず不幸でいようとがんばっている
いかにして不幸でいるかの手練手管を見つけ出そうとがんばっている
これは本当に途方もない現象だ
不幸などというものが存在しない世界に
人間は大変な不幸をつくり出してしまっている
彼氏は本当に押しも押されもせぬ創作家だ


Tao永遠の大河〈2〉 404頁
―バグワン・シュリ・ラジニーシ老子を語る (1980年)
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ゆきちゃんとひとちゃんの雪遊び(1)

子どもたちの遊び方やけんかのしかたを見ていると、私たち大人がもっともらしい理屈をつけてやり合っている交流の仕方も、その起源をたどると、たわいない出来事だったのかもしれないと思えてくるのです。

理屈からだけ見ていると、なぜ自分がこんなことを感じたりやったりするのかが、なかなか見えてこないのですが、そんなときには、もともとどんな場面で身につけてきた行動パターンなのかを振り返って見るのが有効なことが多いのではないでしょうか。

そんな話を始める前に、ちょっとほほえましい姉妹の雪遊びのお話を紹介したいと思います。

このお話は、私がFacebookで仲良くしてもらっている真弓さんとそのお子さんたち、お姉ちゃんのひとちゃん、妹のゆきちゃんが近所の広場で雪遊びをする場面で始まります。

※真弓ママさんのサイトはこちらです。(Facebookのアカウントが必要なものもあります。)

なかよし◆書でおはよう◆2011.02.12

雪遊び(facebook)

「なかよし◆書でおはよう◆」の方は、真水 Shinsui's calligraphy works の中のページですが、真水さん(真弓さん)が書で心を動かされる言葉を毎日書かれているファンページです。こちらはfacebookのアカウントが無くてもご覧いただけますので、是非ご覧下さい。


雪遊び1


なんと御柱祭で木落としした坂が近所にあると言うことで、写真のような雪一面の広場で雪遊び。

そり遊びや3人で雪だるま作成。

『2時間近く遊んだあと二人がはじめたのは土手のぼり!

ひとちゃんは何とか上までいけるけれど、ゆきちゃんは上ってはざーっとおなかですべり押してしまって、上れない。

雪遊び2


それが、ゆきちゃん、ぜんぜんあきらめない。何度も何度も挑戦するのです。もう槌が見えてきちゃうし、おなかは真っ黒では?と思いつつ、あんまりにも一生懸命なのでそのままみていました。』

ゆきちゃんは、軽く50回以上トライしたけどダメだったようですが、そのあと二人は急なので最初怖がっていたこの坂を、そりで滑ることになります。

最初に始めたのは妹のゆきちゃん。
※facebookのアカウントが必要ですが、こちらに動画があります。
http://www.facebook.com/video/video.php?v=198709080155912&saved

ゆきちゃんが、ものすごい勢いで公園の真ん中より向こうまで滑り降りていきますが、それを見てお姉ちゃんのひとちゃんもやってみると言い出します。

ちょっと怖いけど、「ここはお姉ちゃんも見せとかないと」と思ったかどうかは知りませんが、ひとちゃんもトライするのですが、こわいから安全に行こうとブレーキをかけながら滑るので、かえってうまくいかず、ひっくり返ってしまいます。

ひっくり返ったひとちゃんをみて、ゆきちゃんが、「ひとちゃん、へたくそーーー」といって笑いました。
そうしたら、ひとちゃんはそりを引っ張って土手を登りながらないています。
「帰る・・・・」
っていいます。」

「ゆきちゃーん、ひとちゃん、帰るってー。帰るよー。」
そういうと、ゆきちゃんはもうめいいっぱい遊んで満足した様子、何が起こったかも知らず「はーい♪」と。
ちょうどじーじが様子を見に来てくれていたのでゆきちゃんは後ろからじーじと帰ってきて、

私はひとちゃんと手をつないで帰ってきた。

「ひとちゃん、いやだったね。 ゆきちゃんにお母さん、言っておくからね。
でも、楽しかったね。いっぱいあそんだね。

ひとちゃんはゆきちゃんが坂を上手に登れなくても『へたくそ』なんていわなかったもんね。
ずっと応援していて偉かったよ。」

そんな話をしながら帰ってきました。



そり遊び


この後うちに帰ってから、ひとちゃんの悔しさは収まらなかったのでしょうか、ゆきちゃんが枕にしていたスリッパを抜き取ってゴツンと頭をぶつけたゆきちゃんが泣き出した様子。


「ひとちゃん、そういうことしちゃだめだよ。ひとちゃんがどうしていやだったのか悲しかったのか、それを伝えないと、ゆきちゃんはぜんぜんわかっていないよ。ただ仕返ししたらひとちゃんが悪い人になっちゃうよ。」

そういうと、ひとちゃんはまた泣き出す。

ゆきちゃんはわけがわからず泣き出す。



その後のお母さんとゆきちゃんの会話。

「あのね、ゆきちゃん。

ゆきちゃん、ひとちゃんがそりでうまく滑れなかったとき、「へたくそー」って言って笑ったでしょう?
ひとちゃんはそれがね、すごくすごく悲しかったんだよ。

だから、ひとちゃん、怒ってあんなことしたんだよ。」

そういい始めたらゆきちゃんはくしゃくしゃの顔になって「ごめんなさーーーーい」と泣き出しました。

「ひとちゃんはゆきちゃんが坂を上手に登れなくても、一度も「へたくそ」なんて笑わなかったでしょ?
ずっとがんばってーって応援してくれたでしょう?」

そういうと、

「はい。」とお返事しながらうなづいたゆきちゃん。



そして、いろいろあった後の夜のできごと。

9時過ぎ、めざめたひとちゃんも一緒にイチゴを食べていると、並んでテーブルに座っていた私とばーばの間にゆきちゃんがとことこときて、

あのね、ゆきちゃんはひとちゃんのいもうとだけど、
けんかをするけど、なかのいいともだちです^^


とニコニコ顔でゆきちゃん。

「ともだちじゃなくてかぞくでしょー」とひとちゃんは言ったけれど、なんだかとっても素敵な言葉だった。



ゆきちゃんはなかのいいともだち


以上、雪遊びとその後のなかなおりのエピソードをはしょって紹介させてもらいました。

兄弟姉妹、割と多いのではと思うのは、下の子の怖いもの知らずの大胆さに対して、上の子は私はお姉ちゃんだからという抑制を効かせるのだけれど、それでいて負けたくない悔しい気持ちの葛藤。

お姉ちゃんの気持ちも知らずに得意がっていたら、「なんだかおねえちゃんが怒ってる見たいだな」、よくわからないけど、どうすればいいのかな。

「へたくそー」って言われたのがカチンと来てるおねえちゃん、つい仕返しをしてしまったけど。
やっぱり私はおねえちゃん、がまんしないといけなかったのかな。

そんな二人も、お母さんからうまく自分たちの気持ちを説明してもらって、おねえちゃんといもうとの関係の他に、「なかのいいともだちです」という言葉が生まれたようです。



お母さんのナイスフォローで事なきを得た二人でしたが、いつも、こんなにうまく収まるとは限りません。

悔しさがおさまらないままになってしまうと、何かあったら意地悪してやろうという気持ちが残ってしまいます。
意地悪をする側の見方を持っていると、他の人も自分の失敗を見張っているように見えてきます。
ほんとは意地悪なんかしたくないのに、でも「わるい」ことは許せないという気持ちは、消えてくれません。

「ほんとは意地悪なんかしたくない」と素直な気持ちがある一方で、「わるいひとは許せない」とか「じぶんばかりわるい子にされたくない」といった気持ちは、そんなの気にしてないよと言ってみても消え去ってはくれないのです。

これらは、自然な素直な気持ちと、作り出された学習した感情の違いがあるのですが、いつのまにか区別するのが難しくなってしまいます。

そして、おさまらない感情と似たような状況は、結びついて記憶に残り、大人になってからも再現され続けます。

人間の脳の働きは、わざとあるていど曖昧にファジーに反応するようになっているようです。

あまりにも正確に状況を記憶して、その反応の仕方をセットしていると、似たような状況が起きても、少し違うようだなと思って反応しないことになってしまいます。

でも、そもそも記憶して学習するのは、未然に危険を避けたり、効率のいいやり方を身につけることにありますから、あまり正確に状況を規定してしまうとかえって役に立たないのです。

そんな理由から、このような余裕を持った曖昧さを許す反応の仕方が、出来てきたのではないかと考えられています。

しかし、そのことは良い面に働く場合も多いのですが、たとえば、客観的にみると怒りを感じる必要は無いとわかっているのに、なんとなく心がざわついてアラームを鳴らし始めるといったことも起きてしまいます。

別に、どのような出来事が自分の反応パターンを作ったのかを正確に突きとめる必要まではないでしょうが、自分がわけもなく反応してしまいやすい状況というのを知っておけば、今度はファジーさの悪い面が働き出すのを食い止めるために使うことが出来るでしょう。

素直な感情や反応のしかたと、学習して作られた反応のしかた、どちらも同じ自分だと見てしまうと、混乱した自分はどうすればいいのかわからなくなってしまいます。

これが、第三者から見れば、わざわざ自分を不幸にするような行動をとっていると見えるのに、本人はそれしか選択が見えないという状況を作り出すことにもつながるのです。

続きは次回に。



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カチンとくるのは自分の罪悪感

誰かに批判されたり、あるいは非難めいたニュアンスを感じとっただけで、カチンときてしまうことはないでしょうか。

人はどんなことであなたを批判してくるかはわかりませんが、それで自分が反応してしまうのは、自分の中で罪悪感を感じている場合だけなのです。

言われてみれば、それはそうだと思うのですが、多くの場合批判した相手を恨んだり、なんであの人は私の気にさわることをわざわざ言うんだと腹をたてます。

しかし、原因はあくまで自分の中にあり、それに対して責任を感じているからなんです。

ですから、あなたがその罪悪感を解決しない限り、悪循環を繰り返します。
誰かが批判し、それによってあなたが罪悪感を感じてしまえば、そこで止まってしまって、自分は成長しないままになってしまうからです。

あなたの罪悪感を刺激する人は、いつまでも消え去りません。
それは、次々と新しい人が登場するからではなくて、あなたの中に原因が存在し続けるからです。

解決するには、あなたが罪悪感から自由になるしかありません。

メンタル


罪悪感というのは、思い込みであり幻想でしかありません。
あなたがそれに力を与え続けるから、いつまでも消えずに残っているのです。

罪悪感を感じるとき、あなたがそれを最初に抱えたときの感情と状況のセットを再現します。
再現することで、それは同じ溝を通り、それによってその回路がもう一度くっきりと刻み直されるのです。

そのような同じ繰り返しをやめようと決心するなら、まずは自分が罪悪感を感じていることをはっきり認識して、その感情を味わい尽くすことです。
決してやり直せない過ちはないし、そもそも罪悪感を感じるようになったきっかけは、あなたの過ちだったとは限らないのです。

はっきりと原因がわかるのなら、それによって起こるべきだと思うことを起こらせてしまいましょう。

たとえば、自分が間違っていたとわかりながら、それを認めたくなくて嘘を重ねていたのなら、それを正直に認めてしまうことです。
できることがあると思うのなら、やり残さずに終わらせましょう。
もはや、何もできないのなら、はっきりと自分の非を認めて「ごめんなさい」といってしまうことです。

嘘をつき続けることが、問題なのは、それがいつかばれてしまうことではなくて、それを知っている自分が自分自身を罰し続けてしまうところにあります。

かならずしも、相手がいなくてもかまいません。
相手がいて許しを乞わなくても、あなた自身が自分を許せたらそれで同じ効果があるでしょう。

ためいき3


あるいは、何かの勘違いで自分が罪悪感を持ってしまったのかもしれません。
たとえば、幼い頃に何かをあなたがやったら、とんでもない怖いことが起きてしまった。
あなたは、その原因が自分のやったことにあると信じるようになっただけかもしれません。
実際にそのような思い込みは、誰しもあいまいなまま抱えているものかもしれません。

原因がわかるにしろ、わからないにしろ、問題は罪悪感を強化し続けるのか、終わりにしようと決心するかのどちらかだけです。

現実は「いまここ」にしかありません。
過去はあなたが引きずらない限り存在できません。

いま、それを受けとることを選べばいいだけです。
罪悪感を感じて自分を罰することはやめにしようと決心するのです。


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間違っていると認めることの恐れ




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新しいことが始められない!

新しい自分に変わりたいと思うけれど、いつもそんな思いはどこかにいってしまって、気がつくといつもどおりの同じ繰り返しをしている自分を発見してしまう。

どうして、こんなに今までの自分を脱皮するのが難しいのか。

こんな話を書いてみようと思います。

変わろうと決心しても変わらないままに元の自分に戻るとき、一体何が起こっているのでしょうか。

新しい自分に変身したいと願う自分がいるのは確かなようです。
その自分は、「いままでの自分にとってそこが変われたら、きっと新しいもっといい経験をできるようになる」と客観的にあなたは評価しているのでしょう。

「そこを変えれば、自分は変われる」、そう思っているときのあなたは、それはうまくいきそうに思うし、やって出来ないことではないという勝算も感じています。

ですが、いざそれを実行に移そうとすると、「でもやったことがないし、失敗の可能性がある」とささやき始める自分が現れます。

「失敗の可能性」という言葉は、対象を細かく分析し始めます。
その分析は、「どうやっても失敗のない方法がないだろうか」という追跡に変わります。
さて、分析を始めた思考というのは、目標へ一直線に進みます。
あらゆる自分の経験を総動員して、「失敗のない方法」へ向かっての大追跡が始まります。

尾行する探偵


こうなってしまえば、この大追跡の行き着く所は最初から見えています。
いままでやったことのない経験に対して、いままでの自分の経験を総動員しても答えは出ないからです。
「いままで成功した試しはない」が結論になるだけなのです。

しかしその結果導き出される結論は、あなたを納得させるものでないといけないのですが、その点は大丈夫です。
今まで成功したことがないのだから、「どうやっても失敗のない方法」は今のところ見つからない。
その時が来たらまた考えようという結論が出るのは自然な成り行きなのです。

このやりとりが進行している間は、最初に客観的にあなたを評価して変われる可能性はあると思っていた自分は、蚊帳の外に置かれているのです。

そして、しばらくして客観的にあなたを評価しようとする自分が前面に現れるたびに、どうしていつも自分は変われないのだろうと嘆き、追いかける者と出来ない理由を完璧に説明する者の葛藤が始まるのです。


あなたが自我に騙されているような気がすると言っている
この自分というのは誰のことか?
それが自我そのものなのだ。
自我というのはそれ自身をたくさんの破片に
たくさんの部分に分けることができるものだ
そうやってゲームがはじまる
あなたが追跡者であり
そして、あなたが追跡される者なのだ
それはまるで
自分自身のしっぽをつかまえようとして跳びはねている犬みたいなものだ
あなたがそれを見れば
その馬鹿馬鹿しさはよくわかる
だがその馬鹿馬鹿しさを見抜くのはあなたであって
犬にはそれがわからない
しっぽをつかまえるのが難しいとわかればわかるほど
彼は気違いのようになってなおさら跳びはねる
そして、速く、大きく跳びはねれば跳びはねるほど
しっぽの方も速く、大きく跳びはねる
そして、その犬には何が起こっているのかわからないのだ
それも、彼はどんなものでもつかまえられる名人だというのに----
このただのしっぽがつかまえられない

般若心経(88頁) バグワン・シュリ・ラジニーシ
めるくまーる / 584ページ / 1993-08


犬がしっぽをつかまえようとグルグル跳びはねている。
その姿は、獲物を追いかける姿そのものです。
しっぽ以外のものは、目に入らない。

それを外から見ている自分も確かにいるのですが、
一度しっぽが目に入ると、
あなたは、獲物しか見えないハンター犬になってしまう。
失敗しないやり方という実在しない方法である「しっぽ」を目標にしたが最後、あなたは外側から見る自分ではなくなってしまうのです。

テントウ虫と犬


この悪循環から脱出する方法は、「失敗」という言葉の魔力から逃れるしかないでしょう。

ですが、「失敗は誰にでもあること、だから私は失敗を怖がらない」という宣言するやり方は、今までずっと失敗してきたやり方ではないでしょうか。

「私は失敗を怖がらない」などと強がって嘘を言ってみても、効果は期待できないのです。

まずは、「失敗するのが怖い」とさけんでいる自分を認めてしまうことです。

そうすれば、「失敗するのが怖い。なぜなら?だから。」という自分の棚卸しが出来る様になるでしょう。

怖がっているもの、その正体を見極めることです。

それを、新しい自分に変わることとはかりにかけて、どちらが自分にとって重要なのかを考えて見るのです。

また、怖がっていることが実際に起きたらどんなことになるのか考えて見ましょう。

じつは、こちらは自分の経験を振り返れば答えは見つかるのではないでしょうか。
準備等何もしていないとき、突然失敗した経験を思い出してみればいいのです。

その失敗は、突然襲ってきた。
そして、その時は不快だったかもしれませんが、起きてしまえば起こるがまま、いつのまにか過ぎ去っていったのではないでしょうか。
一時的な不快さはあっても、それは過ぎ去り、後で思い出せば「そんなこともあったね」で終わってしまうこと。

ところが、もしその出来事をあらかじめ予想して構えていたらどうなっていたでしょう。
まさに、しっぽを追っかける犬がそこで登場していたのではないでしょうか。

そうなのです。
あんなに警戒し続けて避けてきたことは、起きてしまったら「仕方なかったね」で終わらせられる事でしかなかったのです。

失敗しない方法など、あまり真剣に追求しないことです。
どうやっても、失敗は避けられません。

もっと大局的に見てみましょう。
「この手の失敗は起きないように準備しよう、あとは起きたときにでも充分対処できるから。」というように。

何でもかんでも失敗を避けないことです。
失敗は必要経費のようなもの。
ある程度は支払う必要があると予想しておけば、怖がる必要はないのです。


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偏っている処に生きている意味もある
思った通りにはならないが..




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いまのままでOK?なにが惨めさを作り出すのか

自分が自分であるままを受け入れたり、そのままでいいと許せること。
これは、実行するのは非常に難しいことのようです。

そうかそれでいいのかと思ってみても、次の瞬間には自分と関係無いことに関わってイライラしたり、何とかしようとして無駄な努力を始めている自分に気がつかないでしょうか。

今度なにか気分を害することが起こったら、自分が何をしようとしているのかを確認して見ましょう。
きっと、自分の外の世界で起きていることが気にいらないために、イライラしている自分を発見するでしょう。
自分とはほとんど直接関係無いにもかかわらず、自分があるべきだと思っている世界と現実の世界が食い違っていることを見て、外の世界の方が変わるべきだと訴えている自分がそこにいるのです。

外の現実が変わるべきだと思い出したとたんに、平和だったこころは、警告を発しはじめて、何とかしてそれを変えろと要求し出すのです。
またそれと並行して、現実が思う通りでないことから、それが出来ない自分を責めたり惨めな思いを持つことになるのです。

このような心の働きに支配されていることが、冒頭の「自分が自分であるままを受け入れたり、そのままでいいと許せること」を難しくしてしまいます。

イライラ女性


本当は必要など無いこの手の気分に先導され、引きずられるのをやめてみましょう。
そもそも「どうして外の出来事に自分が踊らされてしまうのか」を考えてみてください。
それがそのままであると、これまたそのままのあなたに何か影響があるでしょうか。

ほとんどの場合、そのまま起こっていくのに口出ししようなどと思わなければ、本来のあなたのままでい続けることにはなんの影響も及ぼさないことを発見するでしょう。

その事に気がつけば、「なんだ、自分と関係無いじゃないか、そのまま放っておいて自分のことに戻ろう」というどこかで忘れてしまっていた選択の仕方が存在したこと思い出します。
そうすれば、一気に重荷を下ろした気分になり、再び自分のままでいることを楽しむこと再開できるようになります。

「それはそうかも知れないが、放っておけることばかりではない」と言いたがる自分がいますか?
しかし「それは本当にあなたが欲しがっていることだろうか」と、よく考えて見ることです。
本当にそれがないと、あなた自身であることが出来ないでしょうか。

ハンモック


世界は、あなたの思いとは関係無く、それぞれがそのままの本性を実現するように動いていきます。
あなたもまた、自分がかかわることを起こるがままに進めていけばいいのです。

他の人が考えていることが気に入らないからといって、他人を変えたり外の世界を無理矢理変えようなどと思わないことです。
それは、それらのあるがままにまかせること。
あなた自身の方も、あるがままで干渉されないことを望んでいるのですから。

そして、外の世界があなたに望むのは、あなたがあなたらしく存在して、あなたらしさを見せてくれることではないですか。
他の人は、誰かのコピーであるあなたを探しているわけではないでしょう。
他の誰かと同じことをレコーダーの再生のように全く同じように繰り返すあなたに、あなたらしさは現れてきません。
あなたがこの地球上で他の人に及ぼす影響を、関係ないことに時間を使って台無しにするのはもったいないし、あなた自身にもとっても自分を生きていることにはならないのです。


 食べ物を静かに喜びに満ちて食べ、たたえられるいっぱいの至福とともに眠り、大工として、靴屋として、画家として、詩人として、ダンサーとして平凡な人生を送り、理想を抱くことなくありのままの自分にリラックスする……という姿を見るのは非常に難しい。だが人間は理想がなくても死にはしないし、理想がなくても奴隷にされることはない。なるべき理想像がなかったとしても彼を非難することはできないし、彼に罪悪感を感じさせることはできない。それに一生をかけてなろうとしても理想のとおりになった人はひとりもいない。

 キリストになったキリスト教徒を見たことがあるだろうか。人類のほとんど半分がキリスト教徒で、二千年にも渡ってこれらの人びとはキリストになるという理想をかなえようと懸命の努力をしてきた。なぜ彼らは失敗しつづけるのか。それはキリスト教徒だけではない――ジャイナ教徒も、仏教徒も、イスラム教徒も、誰も成功してはいない。

 理由はあまりにも基本的なので逆らうことはできない。

 自分自身であるか、無駄骨折りをするかどちらかだ。

 選択肢はこのふたつしかない。

 ゴータマ・ブッダの独自性を愛するのはいいが、けっして彼のまねをしてはいけない。彼自身、誰のまねもしなかったので、そのために彼は光明を得た。単純な事実が認識されてこなかったのは奇妙なことだ。マハヴィーラは誰のまねもしなかったのでそのために光明を得た。誰かのまねをして光明を得た人がいたら見せてほしいものだ。

------

 光明は個人の体験であるべきだ――誰にとっても他人と比較できない、ユニークな、最も個人的な体験として。これさえ理解できたら、あなたを取り巻く暗いすべての雲が消えていく。

 ヴィート・ヴィギャナム、私は何度も何度も繰り返し言うつもりだ。あなたは光明を得ているということが、あなたのなかにしみ込むまでは。そしてあなたはそのためになにひとつ特別なことをする必要がない。たんにありのままの自分として、存在に完全にくつろいで、安らいでいなければならない。どこにも行かず、達成するものはなく、目標もない。すべての目標志向が人びとを惨めにしている。

 すべての目標を追いやったら、あなたはまさにこの瞬間に踊り出す――あなたには達成のプロセスに使っていたたくさんのエネルギーがあるからだ。空想のなかではるか遠くに行っていたら、あなたにはここにあるための時間も、空間も、エネルギーもない。自分のすべてのエネルギーをこの瞬間に集めることができたら、そのまさに集まったエネルギーがあなたのハートのなかでダンスになる。そのダンスがあらゆるものを変える、あなたの努力ではなくて。


OSHO 講話 「光明を宣言しなさい」
http://www.osho-japan.com/vision/dec_enlight.html



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道徳的な色分けをやめてみる

人を理解したり、うまく付き合って行くには、どのような判断が有効なのでしょうか。

うまく付き合うのが目的であれば、相手を裁くような接し方は最悪であると言うことに気がつくべきです。
相手を道徳的な見方で色分けしたのでは、わざわざ相手と対立しようとするのと同じです。

必要なのは、道徳的な色分けではなく、相手の真意を理解することにあります。
争いたいのであれば、話は逆ですが、相手とうまく付き合ったり、お互いの利益を目指すのであれば、色分けや非難感情は捨てて、相手の心理を理解してそれに沿って先に進むような対応をすることが必要です。

例えば、セールスマンが、お客さんがなかなか購入を決断できない場面に出会ったとします。

「優柔不断な客だなあ!」という判断をしているようでは、相手にもそれが伝わって「また来ます」ということで終わってしまうでしょう。

やるべきことは、相手が何を迷っているのかを理解することです。

どちらの商品がいいのか迷っているとしたら(相手は商品をしきりに見比べています)、相手がどちらが徳かを見分けられるような、決め手になるポイントをさりげなく示してあげればいいでしょう。

いままでのやりとりからお客さんの気になっているポイントに絞って、二つの商品の比較をもう一度繰り返してあげるのです。もちろん相手が自分から聞いて来るのを待たずに、こちらから説明すると共に、余計に迷ってしまうようなことには、決してふれないように注意すること。

相手は、予算面で支払いできるかどうか気になっているのかもしれません。
相手が聞いてこなくても、これ以上の費用はかからないし、支払い方法もやりやすい方法があることを、何気なく話の合間にはさんでいく。

DVDを見る


自分1人で決めてしまうのに躊躇しているのかもしれません。
自分で決めて買って返った場合、奥さんにどう説明しようか気にしていると言う場合も考えられます。
「この間買ったお客さんは、奥さんが難しい操作を覚えるのがいやだから、新しい機械はイヤだと言われていたようです。この商品なら、このリモコン一つですべて操作でき、画面に説明がでる新しいシステムなので、始めて使った人でもすぐに使いこなせるのです。。。。。」
というような、第三者の例を何気なく聞かせてあげます。

最後の一押しが欲しいのかもしれません。
「今購入すれば今月いっぱいは、この景品がついてきます。これが、今お子さんたちに人気があるんですよ。」
おまけというのは、グリコのおまけのように、商品そのものよりも価値以上の魅力を持っています。
はかりを動かす、最後の1gの重しになるかもしれません。

何かセールスの話になってしまいましたが、肝心なポイントは、色分けでなく理解することが必要と言うことです。

怒りっぽい人に出会ったらどうすればいいでしょうか?
こんなすぐに大声を出す人には、とても相手は出来ないと避けてしまうのも、場合によっては正解かもしれませんが、何がこの原因なのかを考えて見るのは、この場合も有効です。

怒りっぽいのは、何かを怖がっているのを隠す為の行動というように見たらどうでしょう。
実際、怖がっているものがあると、人は怒りっぽくなることに気がついていませんか?
何かを怖がっているのであれば、一通りまくし立ててしまうと、そのあと何を言っていいのかわからなくなり、急に勢いが収まってきます。
そうなれば、相手の恐れの原因を取り除けないかを、さりげなく試して見ればいいでしょう。

先程の「この間買ったお客さんは、。。」という例のように、相手のことを言っている訳ではないけれど、こんなケースがありますよと独り言のように話してみます。
相手は、「そんなことは自分に関係ない」と言いながらも、こころの中では「そうか、そういうこともあるのか」という「かすかな種火」に火が付いて、自分でも気がつかないうちに次第にその考えを成長させていきます。
やがて自分の方から、ひとりでに納得してくれるかもしれませんね。

相手の仕掛けたゲームに乗っからないで、こちらはひたすら冷静に相手の本意を理解することです。
目的が何であるのかを忘れないこと、「私は争いたいのか、それとも説得したいのか」を思い出しましょう。

自分の抱えている問題が自分の身だけに起こっていると思っていないだろうか。

しかし、人生の問題は大きくわけて10くらいしかない。
しかも、だれもがその10のうちのいずれかが
形を変えた問題を抱えているのだ。

だから、あなたの問題も
それほど特別なものではないのだ。

【引用】『今日が楽しくなる魔法の言葉』 67頁
著者: アーニー・J・ゼリンスキー
ダイヤモンド社 / 2003-09-20



だから、相手を理解しがたい「宇宙人」や「野蛮人」だと決めつけてはいけないのです。

その気になれば、あなたの中にもある「おなじみの感情」を、すこしばかり編曲したものに過ぎないことを発見するでしょう。

それがわかれば、相手はあなたの分身、どう扱えばいいかも見えてきますね。



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自然の調和と心配性

老子の思想には、自然はそのままで調和するように調整機能が働いていくという考えが読み取れます。
たとえば、道徳経の第七十七章でもこのような内容が語られています。

道の働きは、弓を引くときの弦の状態のようである。
上の部分は下向きに引き下げられかれ、下の部分は上に引き上げられる。
同じように自然に従うなら、ものを持っている人はそれを提供し、不足している人はそれを与えられるのが自然で、全体が均等になるように流れていくものである。
しかし今の世の中、人為的な社会ではこの逆に富めるものがより多くを手に入れるし、貧困にあえぐものはよけい貧しく苦しくなっている。
人為的な操作がこのように自然の流れに逆らったことを作り出しているのだ。


そこで、自然の調和を乱さず「道(タオ)]に任せてしまうとは、どうすればいいのかを考えていきましょう。

よくこのあたりの話をするときに、このように考える方がいらっしゃいます。

「この自然の調整機能でゆがみを正す働きが起こる前に、それを防止するよう努力すればいいのです。」

これは非常に理にかなっているようにも思えますし、常識的にも受け入れ易いものかもしれません。

しかし、「防止するよう努力する」という所で、私は引っかかってしまいます。

つまりここで、道の働きを人間の頭で考えて、こうあるべきだと思う方向に向かおうというのは、基本的に人為的なやり方を採ろうとする今までのやり方と変わらなくなってしまうと考えるのです。
モデルが、「道(タオ)」になっただけのような気がしてしまいます。

私の考えるタオのイメージでは、気がついたらタオの働きで調和する方向に出来事が起きていたことに気がつくという状態なのです。

少し抽象的になっているので、「健康法」という例で考えて見ましょう。

食事男の子


昨今いろんな健康法に関する書籍が出版され、その傾向は今も衰えることがないようです。
あまり読んだことがないので、読者の皆さんの方が詳しいと思うのですが、たとえば「朝食はとった方が健康的である」と言う意見があれば、いや「食事の回数は?の方がいいんだ」という意見もあるでしょう。
「朝食では沢山食べる方がいい、いや起きてすぐいっぱい食べるのは良くない」などなど、何を信じていいものかと思ってしまいます。

もちろん、健康に悪いとわかっていることをやめないのはどうかと思いますが、すべて情報に従おうとしたり、頭でコントロールすることばかりに偏るのもどんなものだろうと思うのです。

それよりも、自分の身体に問いかけられるように、もっと自然に持っている感性を呼び覚まし、磨いていくことで、その鋭さを取り戻していくなら、そのような知識に頼らなくても何をすべきかはわかってくるものではないでしょうか。

また、先に何かおかしいと感じる感覚を、知識に振り回されてわからなくしてしまうと、せっかくからだが告げてくれている警告を見逃してしまうことにもなりかねません。

頭や知識で修正をかけていこうという傾向を抑えて、もっと自分の感性を取り戻すこと。
これが、自然の調整機能に身をまかせられるようになるためには必要なことなのです。

しかし最近は、それとは逆に知識で感性の代わりにナビゲーションをまかせてしまおう、という傾向が強いように思います。
それが、皮肉にも自然の感性を麻痺させ、自分の身体全体で自然との一体感を保つことが出来なくなってしまうのです。

防止法ばかり気になり出すとどうなるでしょうか。

「思いつきでしゃべらずに、話す前に考えなさい」
「いい加減なことをして後悔するのは自分だからね」
「本当にそれで大丈夫なの?」
「何事も慎重に準備してからやりなさい」
「あわてる乞食はもらいが少ない」
「どんなときも気を許しちゃダメだよ」
「本当に必要なときだけ実行しなさい」
「調子に乗ってるんじゃないよ」
心配性2/行動できない 




この問いかけに答えるかのように、何があっても失敗を避けられる方法を、まず頭で考えてしまう習慣が出来てしまいます。

人間も始めは自然の中で生きて、さまざまな危険を回避する感性や能力をもっと身につけていたはずです。
それを、言葉や思考を使うことで代用してしまった結果、身体で感じとる能力を失っていきます。

この流れで考えると、心配性とは、自然の感じ取る能力を放棄して、言葉や思考を第二の感性として使おうとする傾向が強くなりすぎ、それが果てしのない悩み思考の渦に巻き込んでしまう状態なのではないでしょうか。

心配性でないひとなら、ここまでチェックすれば後はなりゆきにまかせてOKというように、思考をストップするタイミングで自然にスイッチを働かせます。

しかし、心配性の人は、物事を見た瞬間に、どのチェック機構を働かせるかのスキャンが始まってしまいます。
現実との接点が、ほんの一瞬で切れてしまい、あとは思考の中で過ごし始めるのです。
一つチェックが終わると、別のチェック項目を探します。
一通り終わると、もう一度最初からチェックし直してみようという衝動に勝てなくなります。

自然の感性が使われなくなり、それを信じられなくなるのと並行して、思考を代わりに働かせ、現実を見たり聞いたりすることを避けて思考だけに頼ろうとしてしまうのです。

バランスはかり


もしそういう傾向に問題を感じているとしたら、バランスを変えることを考えて見ましょう。

・もっと自分の感性を取り戻し、信頼感を高めましょう。

・もっと目の前の対象を見たり聞いたりすることに時間を使いましょう。(現物を見ないで思考の中に入り込んでいませんか)

・データを集めないと動けない自分はいませんか?たまには予備知識なしの状況に飛び込んでみましょう。
そこで自由に動いている自分に気がついたら、もとから存在した自分がそこにあるのを発見するでしょう。

・シナリオ通りに演じる役者になっていませんか。シナリオのページが途中から無くなっていたら、後半に自分は何をするか即興で考えて下さい。シナリオを握りしめるのをやめれば、ただ自然に流れの中で動いている自分が姿を現します。

・なんでも結果を予測するのをやめてみましょう。「結果は見てのお楽しみ」と唱えてみましょう。





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やり直そうとする心理のわな

間違えたり、失敗したことを「やり直し」しようと思うこと自体は問題ありません。

しかし、自分はやり直そうとしているつもりでも、どこかに失敗した事実を認めないで、もう一度やって失敗ではなかったと証明してやろうという気持ちが潜んでいる場合があります。

そういった場合、名誉挽回ならばいいのですが、前の失敗を認めきれない思いから何度も同じやり方をして、これまた同じ失敗を繰り返してしまうという悪循環に陥ってしまう危険性があるのです。

たとえば自転車で水たまりを避けるのに、出来るだけ水たまりのぎりぎりを通ってクリアしてやろうと、何度も失敗しているようなものですね。
大きめに迂回すれば失敗しようがないとわかりながら、なんどもうまく通れることを証明してやろうと、ぎりぎりを通ろうとする。

100m走での記録の壁を破ろうとする人の挑戦と似ているようですが、そこには前の失敗を認めて、充分にそれをかみしめているかどうかの違いがあるのです。

陸上スタート


同じ失敗をする人は、「いや今度はうまくいくはずだ」とおもいながら、前回と同じ心理状態に陥ってしまいトラップにはまってしまいます。
これは、第三者が見ていれば、わりとすぐにわかり「何をやっているんだあの人は」と思えるのですが、当事者にはなかなか気がつきにくいところが、人間の心理の癖のようなものですね。

前回と似た状況になると、つい同じやり方を採ってしまう。
ちょうど、なんど痛い思いをしても、きまって同じ場所で足をぶつけてしまう様な感じなんです。

起きてしまった悪い状況から逃げ出そうとすると、かえってその状況を引きずってしまい、再出発ではなく過去をやり直そうとしてしまうのが問題なのです。

なんどやろうと、そのやり方は実を結ばないことがわかりながら、それを認めきれない自分に気がつかなければなりません。

失敗と縁を切るには、それに抵抗しないことです。

失敗したら、その失敗がもたらした結果を充分にそのまま起こらせてしまえば、スッキリあきらめも付くのです。
頭に何度もいやな感情が蘇ってくるようなら、それに抵抗しないでとことんその感情を味わってしまいます。
予期しない困った出来事が起きたら、抵抗しないでそのままそれにふさわしい終わり方をさせてしまうのです。

つらい体験でも、抵抗しないで充分起こらせてしまったら、それを潔く手放すこと。
これが、失敗をいつまでも引きずらないベストな方法ではないでしょうか。

良いことも悪いことも、あなたに関係あることもないことも、起こってはやがてその終焉を迎えます。
嵐の中でも、時はどんどん過ぎていきます。

それが自然に終わらないのは、あなたが、過去を不自然に生き延びさせてしまうから

新しい生き方に向けての「やり直し」と、過去に縛り付けられたままの「やり直し」の違いを見分けないといけません。

それは、いつまでも失敗を繰り返していないかどうか確かめればわかるでしょう。
そのような時、同じようないやな感情がそこにくっついてきてはいませんか?

苦痛メンタル


何か気が重い、何かやるきが出てこない、おっくうになってしまう。

このような感情が起きてくる原因はいろいろありますが、その一つが、いま言ったような過去をやり直させようという試みなのです。
今度こそうまくやろうというかけ声はいいのですが、それが失敗をなかなか認められないための悪循環になっていないだろうかとチェックしてみることです。

そうか、過去への未練がこのいやな気分を作りだしていたんだと気がついたら、無条件に手放しましょう。
そのとき、あれこれ理由をつけようとしないで、目をつぶって手を離す。

そして、いまここで起きていることに目を向けるのです。
驚くほど、急激に気分が良くなってくるでしょう。

このような手放しになれてくれば、「もしかするとこの気分の落ち込みは例のヤツかな?」と楽に気づけるようになってくるでしょう。

いつもあたらしい、柔らかい存在でいるのです。
柔らかい存在が、いまにはふさわしい。
硬くなった存在は、過去を向いています。

何度も生まれ変わる自分を、当然のことだと思えるようになればいいのです
過去にしがみつくのは、同じ身体で居続けようとするようなもの。
新陳代謝で身体が刻々作り替えられているありがたさを忘れてはなりません。

意地を張らずに負けをきっぱり認めて生まれ変わりましょう。
そうすれば、眠れぬ夜ともさよならできるでしょう。




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老荘思想のコラム連載(13)

『COCORiLA (ココリラ) ?癒しのポータルサイト?』様にて老荘思想のコラムを連載中です。

【今月のコラム】

「現代社会と老荘思想(13)」 [2011/02/06]

cocorila201102_13.png



「私の本質は波ではない」

私たちが本当に望んでいるのは「存在をまるごと受け入れること」ではないでしょうか。

たとえば親が子どもをまるごと受け入れるとき、それは子どもが何をしたからとか、良い子だから、言うことを聞くからといった理由は関係ないのです。

世間的にはどんなにダメな存在でも、ただその子が存在するからというだけで、無条件にそれを受け入れるのです。

同じように、あなた自身が「存在を受け入れる」とは、いい感情の時のあなたも、悪い感情の時のあなたも同様に受け入れるということです。

快不快などのあらゆる感情が、あなたの中を通り過ぎていくことはあっても、その感情の浮き沈みで乱されることのないあなた自身に気づくことです。

本当に条件なしにあなた自身を喜べる状態は、あなたが感じていることではなくて、「あなた自身である」ことによってもたらされるからです。

-------

また、自分の存在とは、ただ表面的な表れである「波」がそのものであると思ってしまうと、自分の状態を他の波(他者)と比較して一喜一憂することになります。
こんな小さな波にしかなれない自分を嘆いてみたり、他の巨大な波になれる存在を羨んだりするのです。

しかし、波の本質とは、海あるいは水であるのは明らかです。
水の集まりである海の状態次第で、凪の状態もあれば、荒れ狂う波の形を取ることもあるだけなのです。

本質は私もあなたも同じ海の一部であることを見抜いたとき、他の波(他者)も同じ本質の表れ方の違いに過ぎないことがわかります。
また、今は荒れ狂っている巨大な波も、やがて時が来れば凪状態に戻るし、その逆も繰り返されるのが自然というものです。

-------

どんな波の状態も、あなたの一部分だと受け入れてしまいましょう。
波はあなたの本質ではなく、いまの表れ方に過ぎないことを忘れないようにしましょう。

そうすれば、自分が大きな存在の一部分として存在していることを、実感できる時もやって来るでしょう。


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以下のサイトで連載しています

癒しのポータルサイト:COCORiLA (ココリラ)

【今までの連載記事】

「現代社会と老荘思想(1)」 [2010/02/15]
「現代社会と老荘思想(2)」 [2010/03/06]
「現代社会と老荘思想(3)」 [2010/04/10]
「現代社会と老荘思想(4)」 [2010/05/02]
「現代社会と老荘思想(5)」 [2010/06/06]
「現代社会と老荘思想(6)」 [2010/07/11]
「現代社会と老荘思想(7)」 [2010/08/14]
「現代社会と老荘思想(8)」 [2010/09/05]
「現代社会と老荘思想(9)」 [2010/10/09]
「現代社会と老荘思想(10)」 [2010/11/04]
「現代社会と老荘思想(11)」 [2010/12/05]
「現代社会と老荘思想(12)」 [2010/01/09]





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みんなで渡れば怖くない

最初に少し本題とはずれますが、この文章を見ていただきたい。

(B)この大きなバランスの視点から老子は、人間のする「行き過ぎ」に警告を発している。たとえば、近世以来の西洋(欧米)社会では、所有(possession)、自己主張(self-assertion)、支配(domination)の三つの態度が、国にも人びとにも優勢となり、過度になった。今にいたってはそれがわが国にも波及している。古代中国の「老子」の時代にも同じ傾向が強まったのであり、彼はそれを戒めて、「争ウナ」「自カラ足ルコトダ」といった言葉をいくども発している。これらの言葉はいま、個人に対して有用であるばかりか、二十一世紀の世界全体への警告となっている。

タオ―老子 (ちくま文庫) 加島 祥造 筑摩書房 / 2006-10 (あとがき275ページ)


たとえば、自己主張することは、社会に出れば要求されることで、それが出来ない人間は社会の不適合者であるかのように扱われることがあります。
そんな社会の規範が常識になってしまうと、みんながそうしているから、自分もやらざるを得ないと言うことにもつながっていくのです。
それがタイトルの「みんなで渡れば怖くない」を生み出す前提になっているのかもしれません。

「争ウナ」と言う老子の警告は、争って勝ちをおさめればOKとする考えの誤りを指摘しているのです。
争いは、例え勝とうが負けようが、双方が傷を負うことになり、それは後々まで心の傷としても残っていきます。
それがわかりながら争ってしまうのが人間であると見抜いているから、老子の最後がこの言葉「争ウナ」で締めくくられています。
そのように書いていながら、私自身いまあるサイトともめ事を起こしています。
結果がどうなろうと、お互いいやな思いをすることになるでしょう。
決して勧めれるようなことではないと思います。

対立


ところで、社会の仕組みには、知らないととんでもない被害を受けることがあります。
それを知識がないから仕方ないのだ、と済ましてしまえる社会が進んでいくことは怖いことです。
そもそも何も知らなくても生きていける社会であってこそ、みんなが平和で暮らせるはずです。
しかし実際には、より情報を持つ人が徳をしたり、他を支配できることが当然のように思われていく社会は注意して見逃さないようにしなければと思うのです。

ネットの時代になってさまざまなサイトが生まれますが、情報が飛び交う中、その情報の所有権は誰にあるのだろうと考えられたことはないでしょうか。
簡単にコピーし複製や、書き換えが出来てしまう今、オリジナルの情報が何であったのか、誰がそれの権利を有するのかは非常に複雑になっています。

たとえば、投稿サイトに自分も書き込みをしようと思ったとします。
どんどん書き込んで下さいというサイトがほとんどでしょう。

しかし、それらの書き込んだ情報の著作権や流用する権利について考えられたことがあるでしょうか。
そのようなサイトには、かならず規定が決められていて、どこかのページにそれが表示されるようになっています。
通常、サイトのオーナーは、書き込まれた情報について、著作権は書いた本人にあるにしても、それをどのように使うかはサイトがその利用の権利を譲りうけるとなっている場合が多いでしょう。

つまり、これが何を意味するかと言えば、いったん投稿サイトに自分の情報を書き込めば、その後それがいろんな場所で使われたり、あるいは規定によっては加工されて利用されることも許可したことになってしまうのです。

差し障りのない情報であれば問題ないでしょうが、「こんなところで使われるなんて思わなかったから、気軽に書いてしまった」と後になって後悔しても、「そういう規定です。そう書かれてあるでしょう!」と言われてしまうと従うしか無くなることも出てくるわけです。
しかし、このような規定は知っている人もいるかも知れませんが、一般には小難しい用語で書かれた規約の文章や著作権法の何条とか書いてあっても、読まないで済ますのが普通ではないでしょうか。

知らなければ、ちょっと書いてみようと手軽に書いて、いつでも自分で消せるように勘違いしてしまうのです。
(もちろんサイトごとで規約は異なっています。)

そして、仮に自分がサイト側の企業にいる人間だとすれば、どのようなことが期待されるでしょうか。
そのようなサイトが当然目指すものは情報量でしょう。
情報の量とアクセスの多さ、これらがあればより多くの人が訪れることになり、当然そこに生まれるスポンサーからの利益も多くなってくるわけです。

そうなると、投稿者には気軽にどんどん書いて欲しい、それがどのように使われるかは、あえて知らせない方がいいと思ってしまうのも仕方がない面があるでしょう。
しかし、それは企業にいる自分が背負わされる秘密のようなもの。
あえて教えないのは、何種類かある「うそ」の一つです。
個人的にはイヤだと感じても、「これは絶対顧客に知られてはいけない」という企業内の「戸棚の中の骸骨」を抱え込まなくてはならないのです。

企業内秘密を背負って生きるとき、当然耐えられなくなることも生じてきます。
同じ会社に勤めていても、人それぞれ性格も異なり、ストレスに対する耐性も違います。

企業のエリートや政治家が突然自殺してしまうと言ったことも、個人としての自分と組織の中の自分の葛藤が大きな原因になっているのではないかと思われます。

自分のこころを犠牲にし続ければ、いくら頭では理屈をこねていようといずれ限界が来ることになります。
それを最後まで耐えた人間を強い人だなどと勘違いするようでは、その社会は不幸なのです。

しかし、その会社が自分に合わないと気がついても、そう易々と仕事を変われるものではないのが現状です。
特に昨今の不況は、それに追い打ちをかけているでしょう。
もう耐えられないと感じながらも、会社を裏切れないから、しかたなく規定に従って動くとき、確実に個人としての自分の何かを犠牲にしなければなりません。

「いやでも、みんながやるから、自分のやるしかない。」というのが、だんだん企業に染まっていくうちに、「みんなで渡れば怖くない」と思い、自分の個人の感性を犠牲にしてしまうときが来てしまうのです。

あるいはさらに進むと、会社の持つ影響力が自分個人が持つ力に見えてきて、それを同一視してしまう様になる可能性が在ります。
だからこそ、どんな会社に所属しようと、自分個人は、本来社会を離れたひとりの人間であったことを忘れてはならないのです。

そして、そのような個人よりも会社が当たり前の社会は、当然変わっていくべきです。
自由競争の社会ではしょうがないと諦めてしまっては、人類の未来はないでしょう。
なぜなら、比較=競争=争いは、それを止めない限り増大し続けるからです。

他の人が、他の国がやめない限り、自分もやめないとみんなが思っていたのでは、いつまで経っても解決できません。
そして、個人はそのような考えに加担しない勇気を持たなければなりません。

勇気を出して、争いをストップする。


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心の問題はハウツーでは片づかない

自分の求めるままと人生の求めるまま2に対していただいたコメントなどを見ていて、誤解の無いようにと思いひと言書いておこうと思います。

「いやな感情には、いつまでも付き合わずに、全速力で駆け出しましょう。」
と言う表現を使ったあたりについてです。


「心の問題はハウツーでは片づかない」と言うタイトルのように、ある公式を使えばなんでも解決できると思ってしまうと問題が生じる場合があります。

「感情」とどのように付き合うかについて、ある場合は「いやな感情には、いつまでも付き合わずに、全速力で駆け出しましょう。」が有効であり、別の場合にはもっともやってはいけないやり方ともなり得るのです。

機嫌の悪い女の子


では、まず「いやな感情には、いつまでも付き合わずに、全速力で駆け出しましょう。」が有効な場合の例を挙げます。

交流分析では、このような感情を「(トレーディング)スタンプを集める」と言う表現を使います。
スタンプとは、グリーンスタンプとかベルマークのようなものです。
切り取って集めていくと、台紙いっぱいになったら景品などと交換できるというおなじみのものです。

夫婦間や親子間などで、ついつい怒りや不満をため込んでしまうタイプの人がいらっしゃると思います。
「またあんなやり方をして、全く頭に来るわ」と相手の行動に不満を持つのですが、それを小出しにはしません。
そして、ふとそれらの行動を思い出しては、「あの人は何でああなんだろう、許せない。ああいやだいやだ!」と感じることを習慣にしてしまいます。

さて、このような「あの人は何でああなんだろう」と思い出していやな感情に浸るのが、スタンプ張りの行動なのです。
やがてスタンプ帳の台紙がいっぱいになって、これで景品と交換できるというときが来ます。

その時が来ると「こんなに我慢したんだから、もうこれ以上我慢できない!」とばかり、一気に日頃の不満を爆発させます。
しかし、このようなたまりに貯まった感情は、とんでもない事態を引き起こしてしまう場合もあるのです。

このスタンプ集め型は、「あの人は何でああなんだろう」と思い出す行動習慣を阻止するのが有効です。
思い出しては、いやな感情に浸るのをやめることです。
それに気がついたら、「全速力でそこから駆け出しましょう」というのはそういうことなのです。
その都度不満を感じる自分がいることをはっきり認め、必要なら一枚ずつスタンプを交換に出すのです。

未処理スタンプ
処理済みスタンプ


次に、「いやな感情には、いつまでも付き合わずに、全速力で駆け出しましょう。」が有害になる場合です。

これは、いつまでもある種の自分の感情の存在を、押し込めて認めようとしないという場合です。

自分には、認めるのがいやだけれどこんな「ひどい」感情を持ってしまう自分がいると思っているのです。
ですがそれと直面したくない為に、自分はそんな「ひどい」感情を持つ人間ではないと言い聞かせています。

この「ひどい」というのは、実は客観的に見れば必ずしもひどくない場合も多いのです。
何らかの自分の経験から、「このような感情は持ってはいけないものだ」と決めてしまったのです。

ゲシュタルトセラピーなどでは、未完了の感情を完結させると言う表現を使います。

ジグソーパズルをやっていて、もう少しで完成するという所まで来ると、気になって仕方ないでしょう。
最後のワンピースをはめ終わったとき、「やったー」と叫んですっきりするのです。
そして、完結した感情は、一時の満足感と共に消え去ります。
完成したジグソーパズルは飾りとして壁に配置され、やがて背景の一部になって注意を引かない存在になるのです。

完結しない感情を抱えて、いつまでもその感情と向き合わないように逃げてしまっては、いつになってもその感情(はっきりとわからないいやな感じ、不安な感じ)がぼんやりと自分を苦しめ続けることになります。

ですから、そのような感情からは、逃げ出すのは逆効果だということになります。

スタンプなのか、未完結の感情なのかを見分けて、対処を間違えないようにしなければなりません。
ですから、心の問題はこの公式を守れば完璧という思い込みは危険なのです。

肝心なのは、正直に自分と向き合って、不自然な方向に無理矢理行こうとしていないかを見定めることです。
それは、理屈で考えると気がつきません。
感性のようなもので、なんとなく自分が自然の流れから無理に外れようとしていることを感じ取ることが必要なのです。
人間は、自然の中で生きることが少なくなってきたために、野生の動物よりも失ってしまった感性が色々あるようです。
ですが、何となく違和感を感じるというとき、重要な訴えをこころが唱えている場合も多いのです。

ハウツーに頼らず、理屈にこだわらず、柔軟なこころの受け止めが重要なのです。


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自分の求めるままと人生の求めるまま2

「自分の求めるまま」に世界が合わせてくれると思い込むと、そこら中で抵抗に遭い、トラブルの絶えない生き方になっていくのです。
不安やイライラを感じるのは、「自分の求めるまま」に生きようとしている兆候であるといえるかもしれません。
その兆候とは例えばこういうことです。
・いつも自分の計画通りに進んでいないのではないかと不安になり、イライラしてしまう。
・自分の中で反発が起きていても決めたことを押し通そうとするので、自己矛盾に苦しむことになる。
・自分がいったん手に入れようと決めると、状況がどんなに不自然でも状況が自分に合わせるべきだと考えて不快になる。
・いつも次の計画に向けて作戦を考え続けている。計画外のことは楽しむ余裕もないし邪魔者ですらある。

世の中を「自分の求めるまま」に動かそうとしないで、「人生の求めるまま」に切り替えてみましょう。
・起きてきたこと次第で自分の心の状態が影響されなくなります。
・計画に縛られていないので、どのような状況でも静かに落ち着いていられます。
・外界がもたらすことによって、怒りや不安を感じる必要がなくなります。
・いつか将来満足するのではないので、いまここが自分の居場所だと感じることが出来ます。

自分の求めるままと人生の求めるまま
http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-359.html



自分が求めるままに生きようとするとき、不安や悲しみの原因を作りだします。
今日の苦しさを作りだしたのは、「自分が求めるように世界よ動いてくれ」と願ったからです。
それはいつも、過去につつかれ、未来に引っ張られる生活です。

そこでは、苦しい感情を持つことも、時には必要なんだという思い込みが付きまといます。
ですから、なにも目の前に原因がないのに、悩んだりイライラしたりするのです。

これに比べて、人生の求めるままに生きるやり方は、先程のような自分で人為的に世界を変えよう、という働きかけがありません。
自然の流れに逆らわずに、いまここにとどまるから、必然的にそうなるのです。
いまここには、過去や未来の苦しみは入ってきません。
だから、いまここを離れなければ、おなじみの苦しさからさよならできるのです。

かけっこ1


いつものような、苦しい世界に自分が入り込んでしまったと気づいたら、走ってそこから抜け出しましょう。
後ろを振り向きながら歩いて出て行こうとしたら、すぐに引き戻されてしまいます。
脱出すると決まったら、お金を払っておつりはいりませんと言って駆け出す感じで、未練を断ち切って出て行くのです。
いつものように、「やめられない♪とまらない♪?」といって、いやな感情にどっぷりつかっている必要は無いのです。

しかしそれでは、どこで自分の欲求が満たされ、どこに自分の意志があるのかと言われるかもしれません。
そんなものは、もともとないのです。
ありもしない幻想を、実際にあるとを証明しようとしているだけです。

自分の意志を動かさないと踏ん張ってみて下さい。
ものの5分もしないうちに、こころはどこかにぶっ飛んでいるのを発見するでしょう。
「今日はいやなことを思い出さない」と朝決めても、昼になる前に頭の中でそういった場面を再現して演じている自分を発見するでしょう。

それのどこに、自分をコントロール出来ている意志が存在すると言うのでしょう。
試しに、「自分は意志など働かさないぞ」と決めて生活してみて下さい。
結果に何か変化はありましたか?

自分が何でもコントロールしているなどと自惚れるのはやめて、人生が運んでいってくれる流れに任せて見ましょう。
そうすれば、ただちに「いまここ」に戻ってきます。
ほんの1分前に悩んでいたとしても、いまはもう悩みなど消え去っています。
ほんの2分前に怒り狂っていても、いまにとどまれば怒る理由は目の前から消え去っています。

すべて、自分がいやな感情を呼び起こしているだけです。
それも無意識にやっているのですから、コントロールしているのは自分とは言えません。

自分で決断することは大切です。
まわりのせいにしないで、自分が決めたことだとその責任を持とうと思うのは大事なことです。
しかし、それと自分の意志で生きることは別のことです。
あなたが決めても、すべてがあなたのコントロール下にあるわけではありません。
自分の意志で生きると表現してしまえば、自分が関知できないことも変えられると思い込みます。
その結果、思い通りにならなかったりすると、それは「自分の意志が弱いせいだ」とかなんとか言い出して自分を責めるなどナンセンスでしかありません。

悩むサラリーマン


思い通りに世界が動かないと嘆いていないかを、時々チェックしてみましょう。
そして、その時は決まっていやな感情がくっついてきているのを観察してみましょう。

逆に穏やかで、ゆったりと過ごせていると気付いた時、自分がいるのはどこかを確かめて下さい。
それは、過去でも、未来でもないはずです。
そして、そのときは自分の思い通りにしようなどと何も考えていないことに気がつくでしょう

しかし、その時に「しめた、この状態を維持しよう」と「私」が関与し出すと、一瞬のうちに思う通りにしようとする世界に入り込んでしまいます。
目が覚めかけて、再び眠りに入るときのように、自分の関与を捨てたときその状態が維持されるのです。

いやな感情には、いつまでも付き合わずに、全速力で駆け出しましょう。
穏やかに無心に生きているときは、そのまま「私」を忘れてしまいましょう。



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間違っていると認めることの恐れ

私たちは、間違ってることは認めて自分を向上させようというスローガンは持っていますが、実際には間違っていると認めることの恐れから逃れられずにいるようです。

実際のところ、ふと気づくと間違ったことを言ったのではないかと、しきりに気にして自分を発見するでしょう。
間違ったことをいって、まわりにばかにされたり信頼を失うことへの恐れから、ちょっとした間違いでもできれば隠してしまおうとします。
あるいは、それは自分の考えじゃないよと後でいいわけできるように、曖昧な言い方で防御をはかったりしてしまうのです。

要するに、間違いを認めて訂正してみせるという能力を発揮できる状態にないといってもいいでしょう。
しかし、これは自分を変えることを難しくしている一番の原因かもしれません。

失敗を認めたりしたら、能力がないと思われて仕事の評価にも関わってくると恐れているかも知れませんが、それで自分の失敗を隠したりするのは、かなり検討違いのことをやっていることになります。

まずひとつは、自分が親だとしてこどもが失敗して嘘をいって隠そうとしている場面を思い浮かべてください。
親から見れば、こどもが嘘をついてることなどすぐにわかります。
そんなとき、親であるあなたがこどもを評価するとしたら、どんなときでしょうか。

嘘をつく子ども

それは、「上手な嘘をつけたね!」ということではないですよね(笑)。
むしろ、正直に本当のことを認めて、謝るべきことは謝ると言う態度がとれたときに評価するのではないですか。

これは大人になったからといってなかなか改まることではありません。

たとえば、部下に重要な失敗を隠されることほど、上司の困ることはないでしょう。
そのまま被害が大きくなってから調べてみたら、部下がある時点で失敗を知られたくなくて、揉み消そうとしたのが原因だったとわかる。
こういうことが上司にしてみれば、いちばん困るわけです。

だからと言うわけではないですが、自分の間違いを正直に認めて訂正できる能力を示す人は、なかなかいないだけに、かえって評価される場合が多いでしょう。
上司にしたって、自分も失敗を隠したこともあるでしょうから、正直な行動がとれる部下をみて信頼できる人間だと評価するに違いありません。

もちろんこのことは、日常的な場面でも言えることですが、そうとわかっても失敗を認めたくないという心理には根深いものがあります。

さて、話を次に進めると、このような失敗を認めないことが、わたしたちがいつまでたっても成長できず、おびえながら生きていくはめになる原因なのです。

まず、失敗を認めて訂正できれば、同じ失敗を繰り返すことがなくなります。
いつまでたっても、同じ失敗を繰り返す人は、いまだに自分が正しいと言い張っている人なのです。

次に、失敗を隠す行為は、その嘘をばれないようにしなければならないという問題を抱えています。
小さな嘘でも、ひとつ認めようとしなかったために、つぎつぎと破綻がないようにごまかしを続けなければならなくなります。

エイプリルフール


正直に、素直に反応したいと思っても、隠しているものがあると、ついうっかりぼろを出してしまわないかと気になるので、ぎこちない反応を続けることになってしまうのです。

こんな小さな、秘密の積み重ねは、間違いを訂正する自分を磨くよりも、表面的に「自分は正しいことをこんなにやってるよ!」とアピールする方が楽だということを発見して、そちらの努力で罪悪感をまぎらわそうとしてしまうのです。

ですから、自己啓発と称して、自分が痛みをあまり感じないようなことを探し求めて努力しているふりをし、実はひとつ間違いを認める方がよほど自分を解放してくれることに気づかなくなってしまいます。

今日も自己改造に向けていいことをした、といって自分を慰めますが、それではちっとも自分のおびえは消え去らないのです。

やるべきことは、いままでのやり方が間違っていたと認めて、痛みは伴いますがいい加減自分の嘘から自己を解放することなのです。

いくら自分を大きく見せても、自分がそんな人間ではないことは、自分がよく知っていますから、自分自身を騙すことはできません。

そして、特になにかできるわけではなくても、正直さを見せられる人に出会うと、なにかほっとした感じになれると共に、相手を尊敬したくなるでしょう。
そのような人には、自分も救ってくれるような力を感じてしまいます。

このことが理解できたら、自分を大きく見せたり、正しい人間だと証明するような無駄な努力はやめて、自分の失敗を認めてそれをこれ以上繰り返さない人間になりたいと思うようになります。

そして、そのようなやり方が自分のおびえを消し去り、こころから安心できる自分を取り戻す働きを促進してくれます。

それでも、反射的に自分をよく見せようとする反応が顔をだすこともあるでしょうが、安心をもたらすか、不安を感じるかという自分のセンサーを働かせて、どちらに向かうかを決めていけば、本心から自分のやっていることは間違いのない道を進んでいるのだと確信できるようになってくるでしょう。

理解するだけで、外側の状況はなにも変わらなくても世界は違って見えてきます。
自分の嘘がひとつ消えれば、自分を騙そうとする人がいるようにみえることも、ひとつ減ります。
実際に、自分のまわりからそのような人がいなくなってくるのを感じるでしょう。

逆に見れば、自分のまわりの人間が信じられなくなっている自分に気がついたら、自分がいまどういうことをやっているかを振り返ってみればいいのです。
なにかを隠したり、証明したがっている自分がそこに見えませんか?


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あなたがどう思おうと

あなたがどう思おうと、
世の中は今のままで完全なのだ。
世の中はそのようなものなのだ。

そして、この世の中は、
自分を活かす場としては申し分のないところだ。

【引用】『今日が楽しくなる魔法の言葉』 140頁
アーニー・J・ゼリンスキー ダイヤモンド社 / 2003-09-20



「なにごとにもいいところは見つかる」
と信じるのは、根拠があるとかないとかという問題ではなく、知恵というものでしょう。
一方で、「自分の関心」だけから「なにごとも願えばかなう」と信じるのは、妥当なように見えても落とし穴が隠されています。

あなたがどう思おうが「世の中はそのようなものなのだ。」
あなたが何を願おうと勝手ですが、世の中がそれにイエスと言うか言わないかも勝手なのです。

往々にして私たちは、自分の関心のままに世の中が動いていると考えてしまいます。
しかし、世の中の一部であるあなたの関心だけですべてが動いているわけではありません。
あなたがこんなことは誰も望んだりしないと確信していることを、これこそが望ましいことだと信じる人たちが存在するのです。
その人たちは、あなたが思うのと同様に、これを否定する人などいるものだろうかと思っています。

植物との共生


あなたが世の中の部分的な存在であり、あなたの関心のあることだけで世の中が動いているわけではないという見方をしてみましょう。

あなたの関心を一旦脇において、世の中全体を見渡してみれば、あなたの真実は決して普遍的なものではないと思えてくるでしょう。
そうすれば、「なんで世の中はこんなに理不尽なの」と思うことの無意味さが見えてきます。
あなたにとっての「理不尽」なことなど、ちっとも普遍的ではないのです。

世の中の「理不尽さ」を愚痴りながら、すねて生きるなどもっとも無駄な生き方に思えます。

あなたが本当に「正しい」と思うのなら、それを人を説得できるところまで追求してみるといいでしょう。
それを実行してみれば、あなたはそれを人に語りたいと思っていたのに、いつのまにかその欲求から解放されることになるでしょう。

なぜなら、あなたの「正しさ」を徹底して追求することは、あなたという人間を、その生き方をシェイプアップしていくことに他ならないことだからです。
よく見えていなかった、あなたの望みとそうでないものを見分けていけば、あなたの正しさがどこから来るものかがわかってきます。

自分が何を望んでいるのか、その方向が見えてくれば、あなたの関心はそれを人に訴えたり正しさを証明することよりも、自分を磨くことに移っていくからです。
誰かに正しさを訴えたいと思うあいだは、まだそれを確信できていないのです。

そうなれば、いままでのあなたの守ろうとしてきた関心など、大したものではなかったことがわかってきます。

「そして、この世の中は、自分を活かす場としては申し分のないところだ。」

世の中は、愚痴をいって時間潰しをしているのがもったいないと思うほど、あなたの関心を引くもので溢れていることを発見します。



「はじめて牡蠣を喰べた人間は大胆な人間であった  スウィフト」
【引用】格言の花束 (現代教養文庫 221) 社会思想社 / 1958

とても食べられない見かけをした「牡蠣」は、あなたの大胆さで発見されるのを待っています。

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